2008年05月12日


藤原組でデビューを果し、半年後、後のパンクラス勢の大量離脱があった。藤原組は、藤原さんと私、そして外国人レスラー達で興行をうたねばならなくなった。ちょうどその頃、フロリダからやってきた選手達からカールがレスリングを始めた。という情報が聞こえてきた。ショーマンプロレスゆえに嫌気をさしていたカールが、藤原組の存在を知ったのだ。シリアスなジャパニーズスタイルの闘いなら、やってみたい・・。カールのサラブレッドの血が騒ぎだしたのだ。後に彼は言った。「俺も23歳になって、人生を考えなきゃと思ったんだ。それで、あの時トーイが家にきてたのもちょうど23歳だった。毎日毎日テラスで独り黙々と練習をするYouの姿を思い出したら、俺も23歳になったところで、何かやらなければ。と思ったんだ。」カールは、強くなって日本に渡り、藤原組のリングに上がることを夢に据えたのだった。トーイとカールの運命の糸が、海を越えて絡みはじめた。つづく
posted by 石川雄規 at 01:04 | 日記
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