2008年07月15日


平素よりバトラーツジムのご愛顧ありがとうございます。
この度、越谷駅東口開発の区画整理のため、立ち退きが決りました。既にお伝えの通り、移転先を探していたのですが、諸々の条件、経営的に適合する場所が見つからず、残念ながら、B-CLUBは2008年9月末日をもって閉館とさせて頂きます。
1995年に赤山町の倉庫で産声をあげたB-CLUB。プロレス団体が運営する初の総合格闘技ジムであり、業界内でも正に先駆けでした。
様々な選手を輩出し、また様々な出会い、友情を生み出し、コミュニケーションの場としての思い出が一杯つまったB-CLUBの歴史に幕を降ろすのは断腸の思いではあります。いかし、これも致し方ない時代の流れ。ご理解と共にお許しください。
またいつの日か皆様と再び集える日が来ることを祈りつつ、長期にわたるご愛顧への感謝、御礼と共に、お別れのごあいさつとさせていただきます。
石川雄規
[追記]
1995年秋、デビューから3年経たずして藤原組から独立せざるをえなくなり、キャリア3年の私を筆頭に8人の若手がプロレス界の荒波に放り出されました。なんとか生き抜くために住むところにもなる道場を確保し、それを維持する為のアイデアが、プロレス界初の総合格闘技ジムでした。ジムというのは、経営的にいえばオイシクないわけで、維持がやっと。赤字になれば荷物になります。それでもそこに集う会員さんの笑顔をみると、辞めるに辞めれない宿命を負ってしまったわけで、なんとかこの人たちの笑顔の場を守らねばと、頑張ってきました。 約13年。B-CLUBは業界では老舗になる位の歴史を重ねてきました。この度、立ち退きという節目を迎え、新たな場所に投資する資本の余力も、すり減らす我が身の余力、時間の余力も残されていない状態です。デビューして16年、波乱万丈の中、思えばうち13年は自分のためというより、背負った宿命、皆の夢が詰まった場所を維持するために身を削ってきたような気がしないでもありません。このタイミン
グで一旦荷物をおろさせてもらい、残り少ない時間を、石川雄規というプロレスラーのエピローグを構築する時間に充てさせてもらおうと思います。
昔、藤原組長の関節技セミナーというのがありましたが、それが姿を変えジムになり、また元の姿に戻るのかなと感じます。今後は石川雄規セミナー。皆さんで企画してください。講師として馳せ参じますよ。情念の火種はずっとみなさんの心に燃え続けてゆくはずですから。
posted by 石川雄規 at 17:00 | 日記
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