2008年09月05日


店に立っているといろんな人がやってくる。 
よくある話題。何人か連れ立って飲みにきた仕事仲間らしきグループ。プロレスラーだと知るとすぐにこんな話。仲間にデブがいるとかならず「こいつ、プロレスラーにどうですか?」「やめろよ、無理だって〜」と本人は恐縮するが、仲間が盛り上がる。「ね、プロレスラーにどうですか、こいつ。」必ずお約束のように振ってくる冗談だが、何が面白いんだかわからない。血へド吐いて生き残って手に入れた商号、プロレスラー。ただ太ってる奴がみんななれるならこんなおめでたい話はない。酒の席の冗談でも言うべきことではない。ただのデブを指して、「こいつどうですか?なれますか?」などという安易な質問。答えるのもくだらない。ジョークとしてどんな答えを期待してるのかもわからん。それ以前に、命懸けで身を立ててきた職人の道を愚弄する質問だ。俺はにっこり笑ってこう答える。「いいですね。素晴らしいレスラーになれますよ。すぐにデビューできますよ!」そいつらは一度もバトラーツを観たことないし、今後も観る気はサラサラない。「さあ、みなさんでもう一杯
ずつおかわりいかがですか?ガンガンいきましょう!」と酒をすすめる。
べつにバトラーツに興味を持たなくてもいいが、大人として、人として互いが背負う人生の重さを尊敬しあえる人間でありたい。
俺は、自分の息子たちをはじめ、どんなに小さなことでも、成し遂げて誇りを手に入れた子供を、「すごいじゃないか!!エライエライ!」と抱き締めてあげる。そして彼らはくすぐったそうにほほえむのだ。
ジムの会員さんやちびっこ。俺がこんなに誉めて指導するのは、もしかしたら自分がそうして欲しかったからなのかもしれない。俺は中学生の頃、プロレスラーになると決めてから、周りの大人達、世間から否定され続け、ただの一度として励まされたことはない。いくら頑張っても誉められたことはなかった。いつもひとりで壁に向かってスクワットを何千回も繰り返した。いつか猪木さんに会った時に恥ずかしくないように。それだけが心の支えだった。
俺の指導方は、過去の孤独と哀しみの裏返しなのかもしれない。バトラーツジムで出会った弟子たちよ。ジムは無くなっても君たちは永遠に情念の子孫、俺の誇りです。
posted by 石川雄規 at 10:02 | 日記
spacer