2008年10月28日


関節技レスリングにおいて考えてみよう。技の数、展開は無限なようで有限である。例えば地図をイメージしてもらいたい。道は無数にあるけれど無限ではない。しかし、道を知らない人にとっては無限の迷宮だ。毎日毎日隅々まで走り回るタクシーの運転手、あるいは運送屋さんがいたとしよう。彼らにとってはどんな路地も目を瞑って運転できるほど体に染み付いている。「右だっけ、左だっけ?」と一秒たりとて悩むことはない。プロなのだ。さて素人はどうだろう。いつも通る道、好きな道さえ知っていれば事は済む。得意な道さえ知っていればよいのだ。しかし、ある日突然通行止め、あるいは暴走族等の圧力で(笑)違う道に迂回しなければならなくなった時にはどうなるか?普段通らない、知らない道に入ったら?そう、道に迷い、立ち止まらざるを得ない。
つまり、総合格闘技でいう所の“膠着”だ。総合格闘技は、競技である故に、互いに強引に自分の好きな得意な道を走りっこし、相手を追い詰めるためにレースをする。それでたまたま知らない道に追い込まれたら膠着すればよい。つまらなくなってもそれでよい。競技だからだ。プロフェッショナルレスリングはどうだろう?客がそれを望むか?互いが全ての道を、全ての路地を知り尽くし、フルスロットルで止まらないカーチェイスをしなければならない。俺が言っているのは、互いが馴れ合ったお約束の道をのんびり一緒にドライブすることではない。一秒ハンドルを切り損ねたらクラッシュする、そんな高度なカーチェイスのことを言っているのだ。
将棋に話をもどそう。互いが全ての駒の動かし方を熟知している場合、一手打つごとに何パターンかの展開が一瞬で浮かび、そのまた先に展開が枝葉に別れてゆく。その中で最善の手をうってゆく。例えばレスリングな場合、そのゆっくり考える時間が許されない将棋だとしようか。駒を手にしたら一秒以内にどこかに置かねばならないルール。コンピュータのように一瞬で展開を察知し、体が反応しなければ変な所に手を打ってしまい、相手の袋小路に追い込まれてしまうのだ。昨年の6月。日米カールゴッチ最後の弟子対決、石川vsカールのBルールマッチは、まさにそんな闘いだった。プロフェッショナルレスラーが本来持たねばならないもの。それはコンピュータレスリング・・。さて、難しすぎるだろうか?つづく
posted by 石川雄規 at 15:34 | 日記
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