2009年02月15日


平成2年の春、大学を卒業した私はアメリカに渡った。カールゴッチ氏に押し掛け弟子入りするためだった。その際に、“ゴッチさんへの手土産”として親友に日本手拭いを託された。「刻苦光明必盛大」という、慈明禅師の語が書かれたその手ぬぐいは、私の友が師と仰ぐ白田劫石老師から頂いた大切なものだった。住所もわからず、会える可能性など無きに等しい門出に、祈りを込めた“御守り”として私に託してくれたのかもしれない。
自伝『情念』にも書いたが、大学時代に彼が私に教えてくれた言葉『今、俺たちは地面に向かって掘り下げている時期なんだ。1m掘っても2m掘っても、誰も評価しちゃくれない。でも掘り続けるんだ。今の時期に深く掘り下げた分だけ、未来に高い建物が建つのだ。』は、老師から授かった『地面を深く深く掘らなければ立派な建物は建てられない』という言葉を教えてくれたものだったという。弁護士になるという苦難の夢を、自分の手でついに掴み取った彼の支えは、アントニオ猪木と、そして白田劫石老師だった。
その老師から授かった手拭いが、遥か海を渡り、最も禅的なレスラーであるカールゴッチの手元に納まった。(※ゴッチさんの尊敬する宮本武蔵は剣禅一味)
一本の日本手拭いが、世間的には全く接点のありようもない、禅とプロレスをつないだ。しかも、蜘蛛の糸のように細い細い糸を辿って、納まるべきところに納まったこと、何か因縁めいたものすら感じる。
そして、私の師であるゴッチさんは平成19年に亡くなり、彼の師である老師はつい先日天に召された。93歳の最後の最後まで現役だったそうだ。
彼からのメールは今の話と、それ故、葬儀の為行くつもりだった北千住大会に行けずすまない。との話だった。彼は明日、老師と最後のお別れをする。
私は一度も会うことのなかった“親友の恩師”の最後の旅出を、リングの上から送ることにする。
posted by 石川雄規 at 01:11 | 日記
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