2010年12月28日


時は流れ、過ぎ去りし出来事はいつしか伝説となる。

時代が変化を呼ぶのか、変化が時代を呼ぶのか。

例えば坂本龍馬がこの現代に生まれたら、あれほどの事を成すことはなかったであろう。

また、アントニオ猪木が現代のプロレス界にデビューしたらカリスマと成りえただろうか。

時代が彼らを選んだのか、彼らが時代を選んだのか。

つまりは宿命のなすこと。

1995年バトラーツは結成された。

時代の荒波の中、若き日の石川雄規、池田大輔、船木勝一、田中稔、臼田勝美、小野武志、アレクサンダー大塚、米山聡が船出をした。

すぐに潰れる、と言われた。

常識と闘った。世間に闘いを挑んだ。ドン・キホーテのように、“時代”という“魔物”に闘いを挑み続けた。

失うものはなかった。

青春だった。

ムキになればなるほど荒波は高くなるが、それ故それを越える“甲斐”がある、そんな時代だった。

あれから15年。選手たちはそれぞれの道を歩み、バトラーツの世代も変わった。

時代も随分変わった。15年・・・。幼稚園児だった人間が成人する長い歳月だ。

プロレス界も変わった。

団体が意味をなさない時代。レスラーが個人商店になっていかざるを得ない時代。

あの、時代と闘った“初期バトラーツ”は現代の中で過去の昔話となった。

それは当然だ。しかたない。

もし我々が今の時代にバトラーツを旗揚げしたとして、あのようなムーブメントをつくれたかといえばそれはNOだ。

そう、坂本龍馬が現代に生まれたとして、あのような歴史的活躍ができたかといえばNOであるように。

個々の時代に、団体というくくりは用をなさなくなってきた。

叩いても叩き甲斐のないクソッタレの時代になったのも理由だが、バトラーツは今は道場を構えてない。つまり新たな人材を生み出せない。

このまま先細りは目に見えている。

興行名、ファイトスタイル、はバトラーツだが、実態は組織団体ではなくなっている。

キャンデイーズも解散した。ピンクレデイーも解散した。アリスも、米米クラブも解散した。UWFも解散した。そして伝説になった。

時代がバトラーツという“団体”を必要としていないなら、そろそろ潮時だろうと、そう思った。

知らぬうちにいつか消えて忘れられるより、15周年のいう節目に“解散”として区切りをつけ。人々の記憶に伝説として刻みつけたい、と思った。

時代に合った形で、それぞれがバトラーツイズムを胸に新たな道を歩いてゆけばよい。


一旦リセットすることにより、新たに生まれる事の方が多い、そう判断したのだ。

アリスは解散しても、谷村新司は歌っている。UWFは解散しても、元UWF戦士はリングに上がっている。

春あたりをめどに、バトラーツ15周年&ファイナル興行を開催したいと思っている。

バトラーツという看板の元での興行は残り少ない。



最後に、バトラーツを応援してくれたファンの皆様。ご支援くださった関係の皆様に感謝御礼を申し上げます。
選手の体のメンテナンスにおいては橘整骨院、橘啓司先生。法律関係においては光谷法律事務所、光谷晋治先生。たいへんお世話になりました。
そして、一時期の経営的にもどん底の時から、資本投入、相談役会長として我々を深く大きな懐、で支えてくださった石田勲会長。また、石川屋出店の縁でバトラーツの株主として経営に参画してくださり、本来であればとっくに倒産、破産のところを上手に切り抜ける経営手腕の指導、法人バトラーツを軟着陸させ、今まで存続させる為に多大なる尽力をくださった、(有)リンクスの高橋太郎社長に、この場をお借りして心から感謝御礼申し上げたいと思います。


2011年。バトラーツは15年の歴史の幕を降ろします。
格闘探偵団バトラーツの青春物語は、永遠に皆様の心の中に。

そしていつしか伝説となり、神話になるでしょう。

格闘探偵団バトラーツ
石川雄規
posted by 石川雄規 at 08:46 | 日記
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