2008年06月02日


バトラーツ北千住大会。本日のご来場、まことにありがとうございました。全体を通して、とてもエキサイティングな大会だったと思います。グラップリングマッチはいかがでしたか?楽しんでもらえたら嬉しいです。最高峰のプロフェッショナルなレスリングをお届けできたつもりです。これができぬぇ奴が、プロレスラーを名乗るな。半端な野郎が少しばかり強く殴ってバチバチとか言ってるんじゃねぇ!それは神への冒涜だ。そんなことを投げ掛けた闘いでした。来週も見逃すと後悔するよ。いや、絶対に後悔させてやるつもりだ。いつものようね。
posted by 石川雄規 at 01:25 | 日記

2008年05月28日


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200805271857000.jpg収録に行ってきました。石川&及川のゲストで、6月1日と8日の北千住大会のPRをしてきました。みなさんぜひ聴いてください。 ■東京・葛飾FM(78.9MHZ)

『お笑いプロレス道場G』

★放送日:5/28(水)22:00〜オンエア
posted by 石川雄規 at 01:16 | 日記

2008年05月24日


200805242006000.jpgカール・グレコが5年ぶりに来日した。しばらく連絡が途絶えていたのをようやく見つけ出しての再会だった。我々は5年分の積もる話をした。ゴッチさんが亡くなるひと月前まで、カールはゴッチさんの元に通っていたという。練習の後にいつも庭先でワインを飲み交わしたそうだ。ゴッチさんは最後まで弟子と一緒に練習できていたのを知って安心した。独りではなかったのだ。ゴッチ式トレーニングをみっちり仕込まれたカールは、言動までゴッチさんにそっくりになって日本に帰ってきた。昔から饒舌だったカール。昔と違うのは、話がレスリングとトレーニングの話ばかりになっていたこと。まったくもってゴッチさんと話しているみたいだった。

 我々がシングルで対戦するのも、おそらくこれが最後かもしれない。招聘する我々団体の経済的にも、互いの選手として残された時間を考えても、だ。 

 ゴッチさんは、親友であるマレンコさんの息子であるカールに、ロープ、ミル、吊
り輪をはじめとするゴッチ式トレーニングの練習器具とマットを遺していったという。カール・グレコこそが、カール・ゴッチ最後の弟子といえるのではないだろうか。

私も実はゴッチさんから計9ケ月指導を受けた。おそらくプロレス界でも長期間の部類に入るはずである。最後の弟子同士で、至高のレスリングを魅せたいという気持ちが一致した。共に神の遺志を感じたのだ。

 余計な要素を取り除き、グラップリングのみで闘ってみたくなった。バトラーツ伝説の“Bルール”を復活させることにした。

スペシャルシングルマッチGod Bless The Ring〜神の遺志のもとに〜

メインイベント(Bルール30分一本勝負)

石川雄規 vs カール・グレコ

6月1日(日)18時試合開始 

場所 シアター1010

SRS席 6000円  自由席 5000円

当日券は17時より販売開始(予約受付中)048−963−0005

[全対戦カード]

第一試合

矢野啓太vs 山本裕次郎

第二試合

二代目スーパータイガー&間下隼人 vs 原 学 &フジタ“Jr”ハヤト

第三試合(YGB公式戦)

吉川祐太 vs 竹田誠志

セミファイナル(YGB公式戦)

澤 宗紀 vs 木村浩一郎

メインイベント(Bルール)

石川雄規 vs カール・グレコ

[Bルール]

1. 試合時間は状況によりその大会ごとに設定する。
2. 勝敗は、ギブアップ、レフェリーストップ、ポイント差により決する。             3キック、パンチ、張り手、頭突等、一切の打撃技を禁止する。

4, 投げ技、関節技、絞め技は認められる。

5. 両者合わせてロープエスケープ(ロストポイント)は5回まで認められる。(以
降ロストポイントと称する)

6. 両者合わせて5つのロストポイントを消化した場合、ロープブレイク、エスケープは認められない。つまりギブアップかレフリーストップとなる。

7, 時間内に勝負が決しなかった場合、ロストポイントの少ない方の選手の勝利とする。

8. 時間内に勝負がつかず、ロストポイントが同点の場合、ファーストロストポイントを奪った方の選手の勝利とする。



以上
posted by 石川雄規 at 22:35 | 日記

カールが久しぶりに日本へやってきた。車の中でいろいろな話をした。カールはゴッチさんが亡くなるひと月前までいつも一緒に練習をして、終わると庭先でワインを飲み交わし、オリーブオイルでパンを食べたりしていたらしい。『そうか、ゴッチさんは最後まで若い選手と一緒に練習してたんた!ひとりじゃなかったんだ。よかった。』俺が言うとカールはうなずいた。アメリカでは、カールゴッチの名前を利用しようとする記者や選手が多々いたらしい。カールとジョー・マレンコは、そんな奴らからゴッチさんを守らねばと目を光らせていたらしい。 ゴッチさんの散骨のセレモニーは、極々身内だけで行なわれた。
10年程前に亡くなられた奥さんの骨と、ゴッチさんの骨が一緒に海に蒔かれた。ゴッチさんは奥さんと一緒にタンパの海に静かに還った。

■6月1日(日)18時開始   シアター1010 SRS 6000円、自由席 5000円
◆石川雄規vsカール・グレコ
他 全5試合
◆予約受付中 048 963 0005
posted by 石川雄規 at 16:58 | 日記

2008年05月23日


パンクラス勢が離脱後、私は組長の元に残った。1月16日、開催中止が囁かれた藤原組後楽園ホール大会。メインまで藤原組長以外全員外国人選手だった。『やはり組長独りになってしまったのか・・。』皆一抹の寂しさを持ちながら席を立とうとした、その瞬間、会場が再び暗転し『本日の“最終試合”』とコールされ、その日初めて石川雄規の名前が呼びこまれた。後楽園ホールが歓声に揺れた。もちろん誰もデビューしたての石川雄規なんて知らない。でも『藤原の元に“若いヤツが”残ったんだ!! 』という希望の光だった。既に泣いている人もいた。組長と私の実力差は歴然。試合は数分で決まった。しかしそこから、俺は何度も何度も藤原さんに挑んだ。客席は全員泣きながら、ただただふたりの闘いを見つめていた。組長がリングサイドの、組長の親友であり私の恩人である空中氏の遺影を抱き締めた。
終了のゴングが鳴らされた。試合後、後楽園ホールの駐車場で組長を待つ青年がいた。アニマル浜口ジムの船木勝一が泣き腫らした目で入門を直訴した。組長は『またフナキか・・イヤな名前だ・・』とニヤリと笑い、入門を許可した。俺はの心の中で、新生藤原組の試合開始のゴングを聞いた気がした。
posted by 石川雄規 at 01:48 | 日記

2008年05月21日


200805211542000.jpg最近大袋店で好評のニラのおひたし生卵の黄身乗せ。ニラをさらっと茹でて、水で冷まして、切って、生卵の黄身だけを乗せ、鰹節をはらりと。醤油をかけて掻き混ぜて食べると美味い!手軽なつまみである。  ニラ・・・ニラ・・ニラといえばこんな小坪伝説があったのを思い出した。
小坪『ニラって、消化悪いじゃないっスか。オレの友人の話なんスけど。いや、オレじゃないっスよ、友人の話です。そいつ・・ソープに行ったらしいんですよ。その時、ほら、シックスナインの体勢で舐め合ってる時、目の前にソープ嬢のまんこと肛門が見えるじゃないっスか。オレじゃないっスからね、違いますからね。それで・・なんでしたっけ、そう、その肛門からニラがチロっと出てたらしいんス。いや、聞いた話ですよ。そいつ、そのニラを肛門から引き抜いて、なんと!食ったらしいんですよ。信じられます!?侍っスよね。』
石川『それ、絶対おまえの話だろ!』小坪『・・・』他の選手達『絶対そうだろ?自分の話だよ(笑)』小坪『(突然)俺じゃないっスよ〜!(ヒック、ヒックすすり泣き)お・俺じゃないっスよ〜(狂ったように号泣のふり)』
全員腹抱えて爆笑。真実は謎のまま・・ということにしておこう。
またひとつ小坪伝説が。
posted by 石川雄規 at 21:53 | 日記

2008年05月20日


バート・ベイル主催、Shoot Fighiting マイアミ大会。バートベイル道場門下生によるアマチュア試合数試合の後、プロ部門のオープニングマッチとして、石川vsカールの試合が行われた。素晴らしい身体バランスとグラウンドレスリングのスピードに舌を巻いた。常に先手先手に仕掛けてくるカールの技術にかなりてこずった。ヤバイ場面もいくつかあった。最後はアンクルホールド(足首固め)の取り合いで、一瞬早くカールが悲鳴をあげた。私はギリギリの接戦を制することができてホッと胸を撫で下ろした。私とカールのライバル物語の始まりだった。

余談になるが、その大会のパンフレットには、藤原組長と私のプロフィールには、Sumou Champion とかKarate Black Belt とか、Wrestling High School Champion とか、あらん限りの架空の経歴が書いてあった(笑)休憩時間には、日本刀でスイカを割り、「This is KARATE !!」 と言って盛り上がっているのだから、ホント、アメリカは“言ったモノ勝ち”の国だ(笑)
posted by 石川雄規 at 12:48 | 日記

2008年05月15日


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最近、バトラーツジムにHikaru選手が通ってきている。日高を通じて『地元なんだから来なよ』と言っていたのだが、遠慮なのかなかなか足が向かなかった様子。先日ZERO1の会場で久々に再会し、あらためて誘った。『でも・・トランプの腕立てが・・〓〓〓』『やらねぇよ、そんなこと(笑)あれは俺がいなくたってできるじゃねぇか。レスリングの技術指導してあげるからさ。来なさい。』『ホントにトランプやりませんか・・?』『やらないよ(笑)どんだけ嫌いなんだ腕立てが!(笑)』『だって、昔、赤山町のジムに行ったとき、毎日やらされて・・。つらかったんですよ〜〓〓』彼女は全女を辞めてから、復帰したいということで、一時期バトラーツ道場に通ってきていたのだ。
そんなこんなで、一昨日から通ってきている。及川も、練習相手になってもらえて嬉しそうだ。
Hikaruはとにかく頭がいい。技の道理、展開をすぐに理解し、緻密に反復をし、身に付ける。故に覚えが早い。キックもやったが、『総合のジムに行った時、あまりに下手でキックは使うな、っていわれたんですよ〜。』『大丈夫、蹴ってみな。うん、そう。軸足を一歩前に。そう・・、こんどはその蹴り方のまま、軸足を斜め45度に踏み込んでごらん。そう・・』なんてやってるうちに、素晴らしい蹴りになっていった。
近いうち、バトラーツのリングに上がる姿が見たくなった。以前は『バトラーツに出してくださいよ〜。』と言っていた彼女。初の練習後、『いつウチに上がる?』と聞いてみたら『いや、まだまだ練習しなきゃ、奥が深すぎます。』素晴らしい感性、向上心を持った子です。なによりかわいい。
posted by 石川雄規 at 18:45 | 日記

2008年05月14日


タンパからマイアミ迄、約5時間のドライブ。ひたすら湿原が広がる。生まれて初めて地平線を見た。人生観が変わるほどの感動は、この風景を見たことのある人でなければわからないであろう。会場に着くと、前回の日記のコメントに書いた仲間たちが迎えてくれた。地球の裏側にもこんなに仲間がいる、私は随分と勇気づけられた。その頃、選手の大量離脱により、藤原さんの元に残ったのは私ひとりきりだったのだ。
「なんとかなるさ、どおってことねぇよ・・」フロリダの青い空がそう言った気がした。カールが到着し、車から降りた。彼はとびきりの笑顔で私の名を呼び、我々はガッチリと握手をした。ひとまわり逞しくなったカールの笑顔が眩しかったのは、フロリダの強い日差しのせいばかりではなかった。
posted by 石川雄規 at 00:38 | 日記

2008年05月13日


バート・ベイルは、当時から“シュートファイティング”という総合格闘技ジムをマイアミでやっており、支店もいくつも持っている。そんなバートベイルが地元マイアミで興行を行った。藤原組選手大量離脱後、藤原組長と私はその大会に招聘された。私はデュアン・カズラスキーとの対戦だった。日本に入れ代わり立ち代わり来ていたアメリカ人選手達が一同に会いし、藤原さんと私が“ガイジン”になった。大会は大盛況。その半年後に第二回が開催されることになった。そのオープニングマッチにカールのデビュー戦が用意され、私がその相手をつとめることになった。
posted by 石川雄規 at 06:32 | 日記

2008年05月12日


藤原組でデビューを果し、半年後、後のパンクラス勢の大量離脱があった。藤原組は、藤原さんと私、そして外国人レスラー達で興行をうたねばならなくなった。ちょうどその頃、フロリダからやってきた選手達からカールがレスリングを始めた。という情報が聞こえてきた。ショーマンプロレスゆえに嫌気をさしていたカールが、藤原組の存在を知ったのだ。シリアスなジャパニーズスタイルの闘いなら、やってみたい・・。カールのサラブレッドの血が騒ぎだしたのだ。後に彼は言った。「俺も23歳になって、人生を考えなきゃと思ったんだ。それで、あの時トーイが家にきてたのもちょうど23歳だった。毎日毎日テラスで独り黙々と練習をするYouの姿を思い出したら、俺も23歳になったところで、何かやらなければ。と思ったんだ。」カールは、強くなって日本に渡り、藤原組のリングに上がることを夢に据えたのだった。トーイとカールの運命の糸が、海を越えて絡みはじめた。つづく
posted by 石川雄規 at 01:04 | 日記

2008年05月09日


帰国後、私は空中さんの縁で藤原組に新弟子として入門。ゴッチさんがコーチとして来日、半年間もの間滞在してくださり、我々を指導してくださった。私は付き人としてお世話をさせていただいた。フロリダ時代とあわせ、計9ケ月間指導を受けたことになる。実はプロレス界でかなり長い、いやもしかしたら一番長いかもしれない。2日会っただけで“直伝”などという言葉が使われる人もいるみたいだが、私はそれに比べたら『最後の弟子です。』と言ってもいいですよね? つづく
※今回は同じカールでもカールゴッチさんの話でした(笑)
posted by 石川雄規 at 19:42 | 日記

2008年05月08日


アメリカ滞在中は、カールとはそれほど接点はなかった。私は練習漬けの日々。カールはたまのバイトと遊び回る日々。当日、友としていろいろと良く世話をやいてくれたのが、ウイリー・ウィルキンスJr.だった。後にUWF、藤原組、みちのくプロレスと活躍した彼だ。あの頃、マレンコ道場では、アメリカンスタイルと平行してUWFスタイルも指導していた。ケン・シャムロック、ノーマン・スマイリィ、バート・ベイル、デュセル・バット、ジェリー・フリン・・様々な選手にUWFスタイルを教えてこんでいたのが、ゴッチさんの娘婿であり、もちろん弟子であったミスター空中氏(故)であった。私がフロリダのゴッチさんの所に飛び込んでいったのをきっかけに、神様ゴッチが腰をあげてくれた。マレンコ道場にカールゴッチ教室が開講されたのだ。その頃カールはまだ車のスピーカーを強化することに夢中だった。
posted by 石川雄規 at 02:20 | 日記

本日はバトラーツジムにて記者会見を行った。いつものごとく、週プロモバイルの記者さん一人のみでした。6月1日北千住大会のメインカードは・・。
■石川雄規vsカール・グレコ
カールとの出会いは、大学卒業後、師カールゴッチを訪ね単身渡米した際、ゴッチさんの紹介でホームステイをしたマレンコ家だった。名門マレンコプロレスリングスクールの主宰、ラリーマレンコ氏の義理の息子にあたるカールは、幼少の頃から二人の兄(ジョー・マレンコ、ディーン・マレンコ)と共にプロレスリングの英才教育を受けてきた。しかし、私がSTAYしたあの頃は、カールはショーマンなアメリカンスタイルに嫌気をさし、全くレスリングに背を向け、車とウーハー・サウンドに夢中だった。ちょっとばかし悪い仲間とつるんで車を盗んだりしていた。そんなカールの住む家に、プロレスリングを学びに日本人留学生がやってきた。カール19歳、私が23歳の時だった。
つづく
posted by 石川雄規 at 00:31 | 日記

2008年05月07日


初代タイガーマスク、リアルジャパンプロレス。
3周年特別興行
【PRINCIPLE〜佐山原理主義〜】

■6月19日(木)18時30分開始
■後楽園ホール
■RS席 8000円、A席 6000円、B席 5000円
★第一試合/間下隼人&斎藤彰文vs吉川祐太&矢野啓太
★第二試合/タイガーシャークvsケンドー・ナカザキ★第三試合/長井満也vs2代目スーパータイガー
★第四試合/折原昌夫vs仮面シュータースーパーライダー
★ダブルメインイベント第一試合/石川雄規vsアレクサンダー大塚
★ダブルメインイベント第二試合(組合せ未定)/初代タイガーマスク、4代目タイガーマスク、鈴木みのる、サミーリーJr.
■チケットご予約承ります。048 963 0005 バトラーツ石川迄
posted by 石川雄規 at 23:58 | 日記

2008年05月06日


■及川千尋デビュー出陣式(案内人/石川雄規) 
及川デビューに向け、トークショーを行います。聞き手は石川雄規。楽しく飲みながら盛り上がりましょう。
■5月18(日)16:00開始
■場所/石川屋新田店 ■会費/◆Believers会員 2500円 ◆一般 3000円 ■飲み放題、料理付
■予約制
電話にてお申し込みください。048‐963‐0005(バトラーツ)
posted by 石川雄規 at 15:15 | 日記

2008年05月04日


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越谷にトトロの森が!!(正確には岩槻市であるが)。行ってみました。家族で美園に行った帰り道。すぐ近くでした。看板、造形屋さんで、裏手に「東宝舞台造形」と書かれた巨大な工場?があったので、大道具とかの製作を請け負っているのかもしれませんね。すごく良くできてました。
美園では映画「少林少女」を観ました。柴咲コウ、可愛い〓
posted by 石川雄規 at 11:27 | 日記

2008年05月01日


image005.jpg6月1日と8日のポスターです。
1日の大会の注目はカール・グレコ参戦であることは前の日記で書きましたが、もう一つ目玉があります。IGFでおなじみのタカ・クノウ選手の後輩、チーム太田章の山本裕次郎選手がデビューします。岡山県出身の30歳、10年前プロレスラーを夢見て上京。アニマル浜口ジムに入門。現在はZESTにて活躍中。
タカ選手に連れられ、石川塾(毎週、二代目スーパータイガーやタカ選手がバトラーツジムに集い、練習している)に通ううち、プロレスラーへの夢が再燃。その真摯な姿勢に私石川が何かを感じ、今回のデビューに至った。田村潔似の山本オッパッピー裕次郎が、切れ味鋭い関節技をひっさげて、どんな闘いをみせてくれるのか、こうご期待!
posted by 石川雄規 at 01:53 | 日記

2008年04月29日


みなさん、こんにちは。この度ブログを開設することになりました。末永くご愛読の
ほどよろしくお願い致します。

今回まず皆様にお知らせしたいのは、フーテンとバトラーツが協力し、久々のヤング
ジェネレーションバトル(トーナメント)を開催する運びとなったことです。

1996年のバトラーツ旗揚げより、毎年夏になると、バトラーツ所属選手により総
当りのリーグ戦が行われました。その名もヤングジェネレーションバトル。略してヤ
ンジェネ、あるいはYJBともよばれました。12年前、ヤングだった我々は、いまや
30代後半から40代に。世間がいかに流行に流されようと、あの頃と変わらぬ魂の
闘いを続けています。いつの時代でも変わり者はいるわけで、石川vs池田をはじめと
するバトラーツの闘いが生み出した“バチバチ”という激しい闘いに身を投じる若者
が生まれ、育ってきました。石川雄規のバトラーツ、池田大輔のバチバチ、そこから
育った若者たちに、“あの頃のヤング”の俺たちが混ざり、盛大なトーナメントを開
催します。参加選手詳細はまだ未発表ですが、最大のニュースがこれ。

「カール・グレコ参戦!」

5月25日(日)ラゾーナ川崎(バチバチ興行)

17時開始  SRS席6000円 自由席5000円

6月1日(日)シアター1010(バトラーツ興行)*北千住駅隣接の丸井10F

18時開始   SRS席6000円 自由席5000円

まずはこの2大会に参戦決定いたしました。前売り券はチケットぴあ他。予約は04
8−963−0005バトラーツにても受付中。

あの頃のバトラーツを知る人にとってはもちろん、新しいファンの人も絶対に見逃せ
ない大会ですよ。ぜひご来場お待ちいたしております。
posted by 石川雄規 at 19:56 | 日記
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